偏差値カースト

こんにちは。サイちゃんです。

少々興味深い記事を見つけました。

入学早々「偏差値カースト」に苦しむ中学生が増えている背景
今年も中学受験の季節が終わった。友達との遊びも我慢して、寝る間も惜しんで手に入れた難関中学合格という栄光。ところが4月から始まる新生活は必ずしも華々しいものではないという。

要は、進学校に入学すると、学力で格付けがされると言う話。
進学校でなくても、多かれ少なかれそういうのは、あります。
進学校となると、成績そのものが、自分のアイデンティティだったり、存在意義だったりする人が多いと言う話。

普通、アイデンティティは、成績以外にも、走るのが早いとか、友達100人出来るかなとか、あやとりが上手とか、狙撃の名手だったりとか、本当は何でも良いですが、どうしても、進学校となると、成績に偏りがちです。それが、まぁ、当たり前ということです。

でも、妙に納得できるのは、塾長が、大学の時に言われたという話。
「学校ってのは、勉強をするところだから、勉強をするやつ、出来るやつが居心地良いようにできているんだ」

ということは、進学校の偏差値で格付けというのは、正しい姿なんです。

でも、この記事には続きがあって、

入学後、担任教師との面談で言われた言葉がまさにそれを物語っていた。
「この学校では成績が交友関係にもかなり影響を及ぼします。そんななかでお子さんはバランス型で素晴らしいですね。」
「バランス型」と評されたのは、成績が良いわけでもないのに成績上位者からも突かれずにうまくやっているという意味だ。
そんななかで上手くやっていることへの評価だったのだろう。

「よくそんな成績で恥ずかしくなく学校にくるな」
学年トップクラスの秀才が、成績の悪い同級生に対しそう言い放っていたのだ。

「うちの息子も言われましたが『僕はこの立ち位置での入学だから想定内だ』と言い返したようです。それからはなじられなくなりました。言い返せない子は辛いと思います」(前出の母親)
(一部省略)

とのこと。
で、結局は、強くあれ。自分のアイデンティティ、自分の存在意義をきちんと理解して、強みとして、自信を持てということ。
勉強がパッとしないのであれば、それ以外のところで活躍し、それをちゃんと周りに認めさせろと言う話です。
進学校であっても、勉強だけで格付けが決まっているわけではなく、結局、自己肯定感で、格付けは決まっているという話です。
でも、裏を返せば、自己肯定感が高い人は、格付けそのものに興味がないことが多く、そもそも意味をなしません。格付けを気にする人は、自己肯定感が低い、つまり自身がないことが多く、自信が無いからこそ格付けを気にすること多いです。

記事では、残念ながら、そういう風に話が続かないのだけれども、そういうことなんだと思います。

強みを持つこと、自分を理解すること、そして、自分に自信を持つことが重要で、そして、それに気がつけない子には、教えてあげる、見つけてあげるのが大人の役目のようにも感じます。

とにかく、自分を認めてくだサイ。それが、重要です。


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